2022年9月、福井県敦賀市のJR敦賀駅前にオープンした公設民営の書店「ちえなみき」。北陸新幹線敦賀開業による駅前の再開発事業として官民連携で生まれたこの場所は、約3万冊の本に囲まれた市民の「学び」と「交流」の拠点として、多くの市民らが日々利用している。敦賀市が設置し、民間の丸善雄松堂と編集工学研究所が運営・選書するという新たなチャレンジに、全国の自治体などからの視察も相次ぐなど、全国で書店の減少が続く中、注目が集まっている。敦賀市の西村勇人氏(まちづくり観光部まちづくり推進課まちなか振興係・係長)と、ちえなみき店長の笹本早夕里氏(丸善雄松堂)に聞いた。
敦賀市の西村氏(右)、ちえなみき店長の笹本氏
──ちえなみきができた経緯を教えてください。
西村 24年3月、北陸新幹線が敦賀まで延伸したことで、敦賀駅は東京や金沢方面からの終着駅になり、同時に関西・中京方面へ向かう始発駅にもなりました。その開業を見据えて、22年9月に官民連携で整備されたのが、複合施設「TSURUGA POLT SQUARE 〝otta〟(オッタ)」です。
市民と来訪者の交流やにぎわいを生み出す拠点として、施設内にはホテル、飲食店、物販店、子育て支援施設、そして知育・啓発施設のちえなみきが入っています。中心には芝生が広がる「駅西広場公園」も整備されました。ちえなみきは「敦賀駅西地区土地活用事業」の一環として整備され、その事業公募に丸善雄松堂とグループ会社の編集工学研究所が共同で応募し、19年春、設計や監理、開業前の準備、運営までを担う指定管理者として選ばれました。
グループとして設計から運営まで一貫して対応できるノウハウがあることや、これまでの豊富な実績、地域の施設との連携、そして「子どもを育てる学びの場」としての提案が高く評価されました。選定後も、地域の学校や市民の方々と何度も意見交換を重ねて、その声を施設づくりにしっかり反映させていただきました。
笹本 ちえなみきは敦賀市が設置し、丸善雄松堂・編集工学研究所が運営・選書する新しいスタイルの書店です。普通の書店ではなく、「知育・啓発施設」という位置づけを敦賀市が明確に打ち出して、そのための空間の維持にも継続的に取り組まれています。私自身は丸善雄松堂に所属しており、地元の出身です。運営スタッフも基本的に地元で採用しており、地域に根ざしたコミュニティづくりを目指しています。
──書店をつくりたいという思いがあったのですか。
西村 最初から書店をつくることが決まっていたわけではありません。新幹線開業を見据え、駅前ににぎわいを生み出す施設を、という考えから、当市の担当者たちが全国100カ所以上を視察しました。その中で、世代を超えて利用することができ、市民にとって長く価値を持つ知の財産を提供できる「書店」に注目が集まりました。
本がある空間は世代や性別を問わず親和性が高く、滞在性もあります。それらを勘案した結果、本を使った知育・啓発施設として整備する方向が決まりました。近隣に図書館があるため、その分館とする案も出ましたが、最終的には本を「購入できる」書店というスタイルを採用することにしました。
1階の本棚は「世界知」「日常知」「共読知」という3つの〝知〟がテーマ
──ちえなみきの特長は。
笹本 ちえなみきで扱っているのは、新本や古書、洋書、絶版になった本までさまざまです。店内はジャンルや著者名、五十音順で本を並べるのではなく、思いがけない本との出会いを楽しめるように「文脈棚」と呼ばれるスタイルで並べています。
2フロア構成で、本棚は「世界知」「日常知」「共読知」という3つの〝知〟をテーマにしています。1」階の広いスペースを使っているのが「世界知」。ここは「古今東西の人類の知恵を、本から本へとたどっていく」というコンセプトで、「文化・生活」「歴史・社会」「生命・科学」という3つのステージに分け、さまざまな形態の本を混在させています。
同じく1階には「共読知」という棚もあります。「モノ・ヒト・コトが〝本〟を通じてつながり、敦賀の未来が動き出す」がテーマで、地域密着型の選書になっています。地元作家の本や福井県に関係ある人の本、地域の展示やイベントと連動した本も並びます。市民や地元の団体と一緒に作った棚もあり、地域とのつながりを感じられる場になっています。
2階に上がると、「日常知」というコーナーがあります。「仕事も、趣味も、恋愛も。身近な暮らしを素敵に変えるヒント集」がコンセプトです。生活実用書やエッセイ、ライフスタイル系の本が多く、新しいタイトルも豊富にそろえています。また、「はじめの一歩」という棚では、読書にあまり慣れていない人でも手に取りやすい入門書や分かりやすい本、小説・マンガなども置いています。
ほかにも、2階には親子でゆったり過ごせるスペース「絵本ワンダーランド」もあります。子ども向けのものから大人向けのものまで、仕掛け絵本や洋絵本も含めてそろっています。靴を脱いでくつろげるキッズスペースや、知育玩具・ボードゲームを置いたコーナーもあり、遊びながら学べる環境づくりを大切にしています。また、1階には地元の老舗「中道源蔵茶舗」が運営する日本茶カフェも併設しています。
「文脈棚」と呼ばれるスタイルで並ぶ1階の書棚、日本茶カフェ(左)を併設
──本はどれくらい置いているのですか。
笹本 初期在庫としてそろえた約3万7000冊の本は、すべて敦賀市が購入したものです。選書は編集工学研究所が担当しました。今は常時3万冊以上の本が棚に並んでいます。基本的に複数の在庫は持たず、1タイトルにつき多くても3~5冊、ふつうは1冊だけ置いて、売れたらその都度仕入れています。注文は月に2回ほどで、通常の取次ルートで、売れた本と同じものをもう一度仕入れることもあれば、別の本に入れ替えることもあります。はやりだけに流されず、それぞれの棚のコンセプトを大事にした選書を心がけています。
敦賀市がそろえた初期在庫の本が売れると、敦賀市の収入となります。すでに初期在庫のうち半分以上は売れています。それ以降の本の補充や新たな仕入れは、指定管理者である丸善雄松堂と編集工学研究所が行っていて、その分の売上は指定管理者の収益になります。つまり、ちえなみきの棚に並んでいる本は、市が買った本と指定管理者が仕入れた本が混ざっていて、売れた方に売上が入るという仕組みです。
返品は、基本的にしていません。そもそも在庫を多く持たない方針なので、返品の必要があまりありません。ただ、季節ものや期間限定の話題本など、一部の本だけは返品する場合もあります。
2階にある親子でゆったり過ごせるスペース「絵本ワンダーランド」
──どんな人が利用していますか。
笹本 老若男女に、さまざまな目的で利用していただいています。本を読むためだけに来る人もいれば、お茶を飲みながら本を楽しむ人、子ども連れで訪れる人もいます。子育て支援施設が隣接しているため、子どもを預けたお母さんが、ここでゆっくり過ごしたりしています。2階には勉強や会議・イベントをするスペースもあり、日常の中で自然と本と触れあえるような場所になっています。
西村 今年3月末までの累計の利用者数は約87万5000人にのぼります。公共施設として年間10万人ほどの来館を目標にしていたのですが、ふたを開けてみると、毎年30万人にご利用いただいています。市内の公共施設の中でもトップクラスの来館数で、若い人からご年配の方まで、幅広い世代の方々に利用されていることも大きな特長です。
新幹線が開業する前は、市民の利用がメインでした。開業してからは観光客がぐっと増えて、今では市民と観光客が半々の割合になった印象です。団体で来られたり、海外からのツアー客が来ることもあって、私たちとしても予想していなかった展開になっています。
また、全国からの視察も相次いでいます。特に多いのが行政関係者で、現在も週1回ほどのペースで視察にお見えになります。その多くは再開発などの課題を抱えている自治体の職員さんがちえなみきを参考にしようと来られるようです。経済産業省が全国的に「書店振興」に関心を持っていることもあって、「自分たちの地域にも書店を」と考えている方たちも訪れます。これも最初は全く想定していなかったことですが、いい意味で〝突然変異〟のような存在になったと実感しています。
──同じような施設がほかの自治体でも生まれる可能性はあるでしょうか。
西村 行政が書店という〝物を売る場所〟をつくったというのは、やはり訪れる人にとって新鮮に映るようで、「よくこんなチャレンジが実現しましたね」と驚かれることも多いです。実際、本の売上も着実に伸びているのですが、市としては最初から売上よりも「市民の居場所を作る、普段使いの拠点を作る」ということを重視してきました。ですから、来館者数や利用状況の方を大切にしています。
もちろん、自治体によって財政状況などの違いはありますが、個人的にはこうした場所を全国に広げていくことは十分可能だと思っています。全国的に書店の数が減っているようですが、一方で本を通じた知的な体験や、書店という場所へのニーズは確実にあると感じています。私たちはこの施設を「知的情報インフラ」として捉えていますが、こうした考え方は他の地域にもきっと応用できるはずです。
ただ、うまくいくためには行政側の本気度、いわば〝熱量〟が欠かせないと思います。当市でも立ち上げの段階から「どうやって事業スキームをつくるか」「運営費はどう確保するか」など、基本方針をしっかり固めてからスタートしました。そのうえで、指定管理者の選定からオープン後の継続的な打ち合わせまで、事業者と一緒になって取り組んできました。単にこのモデルを真似すればうまくいくというものではないでしょう。
──今後の課題は。
笹本 開店後から多くの市民の皆さんに来ていただき、イベントや読書会などを通じて、地元にも本に関わる活動をしている人たちが、たくさんいることが見えてきました。そういった点と点を線としてつなげられる取り組みを続けていきたいです。具体的には、市内の小中高校と連携するなど、本を軸にネットワークを広げていく活動ができたらと考えています。
西村 個人的には、観光客の増加と引き換えに、市民の利用がやや減ってきている印象があります。ちえなみきはやはり、市民の方にこそ日常的に使っていただきたい施設です。観光施設としての色が強くなると、本来の目的から少しずれてしまう懸念があります。そのためにも、市内で活動するさまざまな人たちや子どもたち、学生たちにもっと知ってもらい、活用してもらうことが重要です。今後は、地域との連携を一層強めていく必要があると感じています。
──ありがとうございました。

2025/08/01 21:16